GREENLAND

エム・ヴイ・エム商事株式会社の扱う野菜・果物に関する商品や産地、販売情報から、生産者、栽培方法、旬、栄養、保存方法、レシピ、美味しいお店、果ては会社や仕事の、楽しさ、新たな発見、感動、熱い想いなどなどをスタッフが綴るブログ。

約束の罪と罰 ー 玉葱の取引をめぐる攻防 ー

北海道オフィスの瀬尾です。桜が例年より14日ほど遅く開花しました。農作業も同じくらい遅れているイメージです。これから順調な天候になったり、突然大雨でピンチに陥ったりしながら収穫の秋を迎えるまで一喜一憂しながら毎日を楽しく生きて行きたいと思います。



今日はちょっと悲しい話をしてみたいと思う。
もう半年前のことだ。
僕はこの業界に飛び込んで8年目になるのだけれど、もうかれこれ7年ほどお付き合いさせて頂いている南空知地区の生産者と揉め事があって、今後は取引をしない事になってしまった。僕は滅多なことでは人と喧嘩をするタイプではないし、仮にヤバイと直感的に感じると少し時間を置いて軌道修正するように心がけているのだが、今回ばかりはちょっとお互いの歩み寄りが難しいように感じた。

僕は前日、年末の挨拶回りのため帯広に居た。その日はもの凄く寒い一日だった。帯広は年間通して晴れが多く大雪山に沈む夕日がとても綺麗な時間だった。DREAMS COME TRUEのALMOST HOMEの歌詞がぴったり当てはまる夕方に僕のiPhoneがブルブルと震えだした。モニターに映し出される名前を見た瞬間、直感的に嫌な予感がした。その時丁度お客さんと今年の反省を踏まえて雑談していたのだが、少しだけ時間をもらって電話に出た。電話の相手は南空知地区の大川さんという男だった。年齢は僕より25歳ほど上の方なのだが、お互いに玉葱の商売を始めたてころからの付き合いで、苦楽を乗り越えて今日まで至っていた。電話にでるといつもの調子で「今後どんなスケジュールで出荷したらいいんだ?」という話から始まったのだが、突然過去数年に渡る積年の不満を僕にぶつけてきたのだ。僕はとても10分や20分では電話が終わりそうにないことを直感的に感じ取り「いま、お客さんと商談中なので、明日伺います」と言い残し電話を置くことにした。夜、食事を終えホテルに戻ると大川がどう話をして金銭的にも納得してもらえるのかMacBook Airに向かって熟考を始めた。昨年の不満を持っていると思われる取引や今後受渡予定の価格など相手の期待に答えられるよう少しでも有利に販売できないか悩み夜が更けていった。


翌朝目が覚めると顔が少しだけ脂ぎっていた。きっと寝ながらも話の落とし所をどこへ持っていくか考えていたのかもしれない。僕はどうやら寝ている間に色々と考える癖があるらしく、朝のシャワーを浴びたあとは自分の考えはスッキリまとまっていた。滝行を行った後の修行僧のように。僕は午前中に1件だけアポイントを入れていたJAを訪問し、昼ご飯も食べずに急いで大川のところへ向かった。途中、マイナス20度の山の中は路面が凍りついてアイスバーンだったのだけれど、あまり走っている車がいなかったため予定以上に順調なドライブだった。
大川の家に到着すると羊のような鳴き声の犬が元気に迎えてくれた。僕はチャイムを押すと大川が出てきた。年末前の農家は昼間は結構暇を持て余していることが多いので全然不思議ではなかった。まぁ、多少僕に言いたいことがあるのだから構えていた部分もあるのだろうけど。僕はいつもの様にリビングのソファに腰掛けるとウォーミングアップのため世間話からトークをスタートさせた。今年の玉葱価格は他産地概算で40円/kg位で昨年比▲8%位だけど、収穫量は昨年より15%位アップしているから各地区とも以外に農家の手取りは良くて、業者が軒並み沈んでいるとか、そんなよくある話だ。


ウォーミングアップで少し温まった所で大川が本題を切り出してきた。話の内容を要約するとこうだ。


・2012年の取引について
→前半8月までは満足しているが、9月以降についてはもう1社の取引先と1基2万円くらい差がついている
→外品の値段と大玉(3Lクラス)の値段が一緒なのがおかしい
→今年のSゾロは去年みたいに取らないということはないか?(実際の所、僕は今年Sゾロは約束していなくて相手の思い込みなのだけど)


・2011年の取引について
→Sゾロの原料を結果的に約束通りの数量を取れなかった(以前務めていた会社の時に最後まで苦労して販売先を見つけたのだけど、結果的にタイミング悪くもう一社の方で捌いてしまったのが今回の遺恨)


僕は大川には相手が売場がなくて困っていた時に助けたこともあるし、8月お盆前の誰よりも早い玉葱を出荷してもらったりお互い様の関係で僕はとても感謝していた。2011年の取引に対しては僕が大川に結果的にSゾロの扱いをを予定より大幅に減らしてしまって迷惑を掛けたこと。そしてその事について今でも遺恨が残っていることについて僕は素直に謝罪した。2011年の取引について僕は整理がついていたと思っていたのだけど相手はそうは思っていなかった。更にだ。2012年は明らかにSゾロを売る相場展開が訪れないだろうと粗方見当がついていた僕は収穫前段階からSゾロは無理です取引出来ませんと伝えていた。大川の息子に。今年こそは多少の値段的な誤差はよくある話で、翌年の取引が少し増えたり減ったりするくらいで大きな問題にはならない。すべてが完璧なはずだった。大川は前年に足をけがして8月の収穫時もまだ入院していた。僕は今年に関しては絶対の落ち度が無いはずだった。息子と親父のコミュニケーションがちゃんと取れていれば。僕は話の流れを一つ一つ整理し大川に理解してもらうよう話した。冷静にあるいは冷酷に。だが、昨年の遺恨を持っている大川はヒートアップしていた。まるでお湯を多く張りすぎて茹で始めてしまった生の饂飩のように。つまり僕は差し水をしてあげなければこのまま煮えくり返ったお湯がキッチンのフローリングまでこぼれて収集不能になってしまうと瞬時に察し、20歳以上年齢の離れた若造の言い分は正しくとも、まさか親子間でのやり取りが上手くいかず、仲間4名の生産者に今年もSゾロの販売は決まっていると話していて、僕もこの時初めて知ったのだけど、Sゾロを出荷できるように経費をかけて選別をしてしまっていた大川に気づいた僕は1つの提案をすることにした。
今から厳しい環境が予想される中、全力で販売協力をさせて頂きますと僕は真摯に言った。しかし、僕の思いとは裏腹に大川は全然納得していなかった。更に2011年の事にどうしても話が戻ってしまい、八方塞がりの状態だった。僕は以前の会社は退職してしまっていて、今さらどうすることも出来ないこと、ただ、大川とは今後とも取引を継続することが前提の考えだったことから更に一つの提案をした。僕個人の財布からSゾロの玉葱のうち数基分だけでも弁済させてほしい。僕は言った。当時のSゾロ玉葱は1基1-2万で仮に全部弁済したって40万程度だ。たかだかそれくらいの為にこれまでの7年間と今後10数年以上にのぼる付き合いを無くすのはあまりに勿体無い。実際僕は大川の家に行く直前にセブンイレブンで10万円ほどの現金を引き出し、今回の話し合いに望んでいた。僕が実際に現金を出そうとすると大川は受取を拒絶した。それもそうだろう、会社と取引しているのに一個人からお金を受け取るわけにはいかないに決まっている。つまり過去についての整理はお互いできなかった。


それからも、しばらく世間話に話題を変えたり、お茶を飲みながら関係修復へ向けてお互いに探りを入れたが、結局のところ話は元に戻ってしまった。大川が言った。どうにもならないようだから、今後取引は辞めようと。僕は言った。そうですね、仕方ありません。つまりこの瞬間僕達のビッド・オファー・スプレッドは縮まらない事が確定した。まるで織姫と夏彦が天帝の怒りを買い天の川を隔てて引き離されてしまったように。僕はこれ以上この場に留まっても時間の無駄と思い、それではこれで失礼しますと言い残し大川の家を出る事にした。そして大川はそれが何を意味しているのかおそらくは正確に理解していた。つまり僕はもうこの家を訪れることはないし、お互い困ったときに助け合うこともない。それでも、大川の家をあとにする時、誰かに拾ってもらわなければ死んでしまうことが決まっている捨て猫が行き交う人々を見つめるような悲しい瞳で、大川が僕を見つめたのを思い出し、そのことが僕の胸を突き刺した。アイスピックが丹念に凍らせた固い氷を突き刺すみたいに。


あれから半年の日々が過ぎ去った。僕はと言えば、相変わらず玉葱の商売を続けている。この間に新しい出会いや、商売の機会を頂きながら2013年はパワーアップした環境で来るべきシーズンに望めそうだ。それでも今でもたまに思い出す。大川は今でも元気に玉葱を植えているのかなって。ひとつだけ言えることは彼は年々栽培技術が向上し、最終的に買えなくなってしまったけど、他の産地に負けない玉葱を作れるようになっていたってこと。彼はプロの生産者として努力をしていた。僕も当時出来るだけの誠意と支払金額を示したつもりだ。プロの買い手として。結局は残念な結果になってしまったのだけれど。それでも、相手の要求を100%そのまま飲み込むことは出来なかった。仮に要求をそのまま飲んだとしても、また心の奥底から沸々と沸き上がってくるものがあるかもしれない。今回の問題は僕にとってはとてもじゃないけど越えられない高い壁だった。それは僕の職業倫理と照らしあわせても無理な一件だった。


今の時代、商系業者が青果物市場を次々と駆逐していっている。もちろん大型量販店の台頭があっての事だ。これからの時代はTPPによって中小の生産者が大規模な生産者に駆逐されていくのかもしれない。そんな中で僕たちは毎年少しづつ成長していくことになるだろう。多少の代償を払いながらも。


※注:作中の大川と言う氏名は架空のものです。